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ルーブル美術館 −建物内部(2階)その3−
       ードゥノン翼2F フランス絵画大作ー
今度は向え側のドゥノン翼に移動しましょう。ここはフランス絵画の大作や『モナ・リザ』をはじめ有名なイタリア絵画が並ぶグランド・ギャラリーと呼ばれる展示室があります。ルーブル美術館で最も人気の高いエリヤです。まずはフランス絵画の大作が並ぶ展示室から見てみましょう。
 最初に目に飛び込んでくるのがジャック=ルイ・ダヴィッドの『皇帝ナポレオン一世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式』です。ダヴィッドほど、政治に関わった画家はいません。ダヴィッドは過激な革命派でした。フランス革命の中、ロベスピエールの失脚後捕らえられて、リュクサンブール宮へ幽閉されたりしました。ナポレオン帝政に参加し、その記念碑的な作品を多く残しています。その中で最も有名な作品がこの『皇帝ナポレオン一世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式』です。629×926cmとルーヴル美術館でも最大級の大きさとなる本作は、1804年12月2日に行なわれたナポレオンの戴冠式を描いたものです。

ジャック=ルイ・ダヴィッド(Jacques-Louis DAVID)1748−1825
『皇帝ナポレオン一世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式』
(Couronnement de l'Emoereur et de l'Imperatrice)
1805-1807年 油彩・画布
629cm×926cm






場面はなぜか皇帝自身にではなく、妻ジョゼフィーヌに戴冠する姿が描かれています。皇帝より権威のある教皇に背を向け、妻ジョゼフィーヌに戴冠することで、画家は絵の中の主人公が誰であるかを明確に示したといわれています。

ジャック=ルイ・ダヴィッド(Jacques-Louis DAVID)1748−1825
『皇帝ナポレオン一世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式』
(Couronnement de l'Emoereur et de l'Imperatrice)
1805-1807年 油彩・画布
629cm×926cm

本来ならばもう少し年配であったジョゼフィーヌは、美しさと初々しさを演出するために、ダヴィッドの娘をモデルにして描かれたとされています。ずるいなあ!

ジャック=ルイ・ダヴィッド(Jacques-Louis DAVID)1748−1825
『皇帝ナポレオン一世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式』
(Couronnement de l'Emoereur et de l'Imperatrice)
1805-1807年 油彩・画布
629cm×926cm


これもダヴィッドの作品です。『サビニの女たち』はローマ草創期の有名な伝説です。ローマ市には、はじめ、女性がほとんどいませんでした。そこでローマ人は祭りを口実にして、サビニになだれ込み、サビニ人の未婚の娘たちを奪い去ってしまいました。その後、サビニの軍勢は女たちを取り戻そうとローマ市を襲います。しかし、そのとき不思議な光景が・・・・。サビニの女たちが戦う男達の間に割って入り、仲介しようとしているではありませんか。中央では夫であるローマ王と自らの父であるサビニ王の間に入って争いを止めようとしているヘルシリアが描かれています。死体の横たわる中、駆け回り、愛情の言葉で呼びかけていきます。そうすることで、両軍に平和がもたらされたのです。この主題を取り上げることで、ダヴィッドはフランス革命後の人民の和解を訴えようとしたそうです。

ジャック=ルイ・ダヴィッド(Jacques-Louis DAVID)1748-1825
『サビニの女たち』(Les Sabines )
1799年 油彩、カンヴァス
385cmx522cm


ダヴィッドの肖像画です。パリの銀行家夫人のジュリエット・レカミエは、当時美人として最も知られた人だったそうです。ポンペイ様式の家具に囲まれて「古代ギリシャ風」の衣裳に身を包んだ夫人を、飾り気のない背景の中に描いたこの肖像画は、なぜか未完成の作品です。

ジャック=ルイ・ダヴィッド(Jacques-Louis DAVID)1748-1825
『レカミエ夫人』(Madame Recamier, nee Julie (dite Juliette) Bernard )
1800年 油彩、カンヴァス
174cmx244cm

ダヴィッドの弟子なのでしょうか?

Jean BROC(1771 - 1850)
『L'Ecole d'Apelle 』
375cmx480cm


次もダヴィッドの弟子であったアンヌ・ルイ・ジロデ・ド・ルシー=トリオゾンの作品です。この絵を描いたジロデは、17世紀のアメリカを舞台にシャトーブリアンが書いた同時代の小説『アタラ』(1801年)から主題を取り上げました。フランスの最初のロマン派作家によるこの小説は、大変な評判を博したそうです。場面は日暮れ時に洞窟の中で、老いた隠修士が混血児アタラの遺体を抱えて、洞窟の中に埋葬しようとしているところでです。アタラは若いインデアン、シャクタスに対する愛と、キリスト教信者として立てた処女を守る誓いの間で心が引き裂かれ、自殺してしまったのでした。苦悩に打ちひしがれたシャクタスが、彼に身を捧げることができなかったこの愛する娘の膝を、抱き寄せています。

アンヌ・ルイ・ジロデ・ド・ルシー=トリオゾン(Anne-Louis GIRODET DE ROUSSY-TRIOSON)1767−1824
『アタラの埋葬』(Atala au tombeau, dit aussi Funerailles d'Atala)
dit aussi "Funerailles d'Atala"
1808年 油彩、カンヴァス
207cmx267cm


これもアンヌ・ルイ・ジロデの作品です。理想な美青年の羊飼いエンデュミオンが眠っているところに、光の筋に姿を変えた女神ディアナが訪れているところです。この青年を30年にわたる深い眠りに就かせられましたが、その間彼は若さを保ったままでした。愛を拒む貞節な女神ディアナは、青年の理想的な美の魅力に屈し、夜毎彼のもとを訪れるようになります。月と一体化した女神は、ここでは光の筋として描かれており、エンデュミオンの顔と上半身を愛撫している。ゼフュロスが月桂樹の枝をかき分けてくれたおかげで、月の女神は葉の茂みの間を容易に通り抜けることができたのだそうです。

アンヌ・ルイ・ジロデ・ド・ルシー=トリオゾン(Anne-Louis GIRODET DE ROUSSY-TRIOSON)1767−1824
『エンデュミオン−月の印象・別称《エンデュミオンの眠り》』
1791年 油彩、カンヴァス
196cmx261cm


これもギリシャ神話を題材としたアンヌ・ルイ・ジロデの作品です。

アンヌ・ルイ・ジロデ・ド・ルシー=トリオゾン(Anne-Louis GIRODET DE ROUSSY-TRIOSON)1767−1824
『ピグマリオンとガラテア』Pygmalion et Galatee
1819年 油彩、カンヴァス
253cmx202cm


フランソワ・ジェラールは、はじめは歴史や神話を題材とした作品を描いていましたが、後に肖像画家へ転向し、第一帝政、王政復古時代に活躍した画家です。この二人は兄妹なのでしょか?手をつないでいる構図が優しい印象を与えています。

フランソワ・ジェラール(Francois GERARD)1770 - 1837
『Jean-Baptiste Isabey et sa fille Alexandrine 』
1795年 油彩、カンヴァス
195cmx130cm


アントワーヌ=ジャン・グロはフランスの初期ロマン主義を代表する画家です。彼はダヴィッドのもとで学び、師の新古典主義を忠実に継承しつつも、新たな流派であるロマン主義の祖として若い画家たちから信望を集めた画家でした。皇妃ジョセフィーヌを通じて、ナポレオンの寵愛を受け、ナポレオンの武勲を伝える絵を多く残しました。ナポレオンが失脚し、ダヴィッドがブリュッセルに亡命してからは、新古典主義の指導者として活躍しましたが、グロ自身のロマン派的な資質との板ばさみに悩み、セーヌ川で入水自殺をしてしまいます。

アントワーヌ=ジャン・グロ (Antoine-Jean Gros)1771-1835
『クリスティーヌ・ボワイエ』(Christine Boyer )
1776 - 1800年 油彩、カンヴァス
214cmx134cm










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